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HMCA オーラソーマ 今日のボトルのメッセージ
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2012年のエッセイ発掘。 〜仁美さんとの出逢いと今の私の礎〜

コアセラピストのひいろです♡

13年半前の、懐かしいエッセイが発掘されました♡

昔のオーラソーマ受講システムでは、レベル靴望紊る前に

エッセイを提出するルールでした。

そのエッセイに、今週の金曜日から来岡の私の師匠、

今村仁美さんとの出逢いと私とオーラソーマとの軌跡を記した

(それなりに長文)エッセイ♪

 

あんな〜時代も〜ああ〜ったねと♪

いつか〜笑える日が〜来たわ( ´艸`)

 

今日は、コア×オーラセラピー

初めましてのお客様がご来店くださいました。

オーラソーマが、またひとり、美しい女性を

優しい瞳に戻すお手伝いをしてくれました。

ご縁に、そして、私とオーラソーマを繋いでくれた

師匠の今村仁美さんに感謝です。

 

一滴の雫は、波紋のように。

私にとって、仁美さんは輝く雫です。

私のオーラソーマセッションもおススメですが( ´艸`)

今村仁美さんの個人コンサルテーションも、超絶おススメです。

 

同時開催ワークショップもよろしくお願いいたします★

遊星風水(プラネットフェンシュイ)

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個人コンサルの枠は土曜日と日曜日に

まだ残席がございますこの機会をお見逃しなく!

 

さて、本題のエッセイ。

氣が長い、私に興味がある方、是非( ´艸`)

 

 

2012.6.10

(今から6年前でーす♪年長の娘がお腹の中で7か月♪)                                                                                  

 

「オーラソーマと私」

         和氣浩子

 

ちいさな繰り返しの日々のこと

それは、愛に満ちたおおきな宝物

 

小さな我が家

それは、輝く宝石の満ちた宝箱

 

おままごとみたいな小さな日々が

壮麗な寺院での学びに繋がっている

いや、もしかしたら、もっと尊いという真実

 

あなたにも、知ってほしいのです

  

            ひいろ

 

私が、オーラソーマに出逢ったのは、2005年の1月31日のことでした。当時、すでにアロマセラピスト&エステティシャンを生業として生活をしており、今の主人と私のその先の人生、結婚に悩んでいた頃。もう、7年半(つまり、13年半)も前のことです。その頃、ガチガチの頭だった私。オーラソーマなどなど、スピリチュアルなものに対して興味はあるけれど、不信感丸出しのアロマセラピストでした。ナチュラルなものが大好きな自然派でしたが、目に見える自然しか信じてなかった。そんな私が、いろんな意味で少しずつでも、柔らかくなっていけたのは、オーラソーマのお師匠様(今村仁美さん)との出逢いのお陰でもあり、オーラソーマ・カラーケアシステムという存在のお陰でもあり、そこから紡ぎだされた私の岡山での新しい日々のお陰でした。 2012年、4歳半になる息子を連れて嫁ぎ先の岡山から、実家のある横浜に帰省するタイミングで、私は2005年ぶり、つまりは6年ぶりに、お師匠さんのコンサルテーションを受けました。その時の訪問で、お師匠さんが私にかけてくださった言葉のひとつ。「ひいろ、凄く素敵なママになったね。」私の返事は、「私、人間になったんです!」でした。思い出せば、東京で仕事をしていた頃の私は、一生懸命だけど超ハードな「アンドロイド」みたいでした(笑)。もともと体力あったので、ハードな頭とハートに、ハードな行動がついてこれいたのです。あのまま生きていたら、ハードな体が悲鳴をあげて壊れるか、ハードなハートが悲鳴をあげて凍りついてばらばらになるか。なんとか心身がもっても、鼠色の雲に覆われて、少しも虹のきらめきに気が付けなかったことでしょう。つくづく、人間になれて、良かったと思っています。

 

先に述べたとおり、初めてオーラソーマのコンサルテーションを受けた時、私の中には好奇心と疑いの心が見え隠れしていました。世の中は、ちょっとしたスピリチュアルブーム。でも、宗教のトラブルなど、色々な偏見もある時代でした。私も、自分では否定しつつも偏見を持っていた一人だったと思います。いや、確かにそうでした。私の心の中には、いつも宗教というのは心の弱い人間がすがるものだという、苦しみに似た苦々しい想い・トラウマがありました。自分の幼少期に、家族を通じての経験でそんな想いが形成されていたからです。今振り返れば、それがあって、それに繋がった両親があったから自分が居るのだと思えるようになりましたが、ちっちゃかった、頑なだった自分を受け入れるのには、時間がかかりましたが。私はその頃、自分の存在価値を、寂しさと傲慢に高いプライドの中で追い求めていました。勿論、挫折したことはありましたが、自分は選ばれた人間だと信じ、またそうありたい、そして他人に一目置かれる存在になりたい、認められたいと願ってもいました。

 

私のオーラソーマにおけるテーマは、TRUSTから始まりました。ナチュラルなもの、に魅せられエネルギーの存在を感じながらも、物質世界にがっつり生きていた私。いつも、どれだけ自分が得ることができるのか(奪うことができるのか)自分が、どれだけ得ができるのか、自分がどれだけ優位に立てるのか、と自己中心的にまさにレッドの世界に生きていました。それほどまでに厳しい生活環境ではなかったのに、喰うか喰われるか、いつもサバイバルの中に自分を投じていたことを覚えています。穏やかに微笑みを浮かべながらも、いつも心を熱くたぎらせ、まるで剣を胸に潜めて生きていました。そんな私ですが、幼少期はまさに人への愛をひたすらに捧げる人間でした。しかし、それが報われないことばかり。無償の愛を捧げて良い人を演じていても、やはり見返りがほしかったのです。思い返せば、幼少期から人間関係がうまくいかなくなり心を悩ますこともしばしば。裏切り、失望、不安、不満、ショック、トラウマ、混沌、寂しさ。イエローとオレンジ、コーラルが心に渦巻き、そうして、結果・・傷つかないですむように、信じられるのは自分だけ、という硬い殻を被って生きるようになりました。幼少期からずっと、成人しても、長いことピンクを身につけることは滅多にありませんでした。

表面上では上手に人間関係を築きながら(勿論、友人や仲間と呼べる人はある程度いましたが)心の闇が積み重なり続けました。心の奥底で、人を信じることができないなんて、自分は寂しい人間だということをずっと嘆いていた私。そんな中で、やはり人を信じるということに行き詰った私は、オーラソーマ・カラーセラピーを紹介され、興味本位と驚異の予感を抱きつつもカウンセリング受けることになりました。しかも、パンフレットにはカウンセリングの料金のみの掲示で、時間の記載がありません。電話をして、いったいどれだけ自分が得ができるのかを確認しての予約でした。

私は、オーラソーマ・カラーセラピー(当時はそう呼ばれていました)を占いの一種だと思っていました。美しいイクイリブリウムを前に未知のものに触れている、という感覚にそわそわしていました。そして素晴らしいコンサルタント(今村仁美さん)のカウンセリングに感激しました。ただ、それはイクイリブリウムやオーラソーマ製品の力ではなく、コンサルタントの素晴らしいカウンセリング力だったとその時は思いました。

スピリチュアルな世界が、昔でいう雲の上の芸能界、という感覚でした。選ばれた特別な人だけが手に入れられる能力、そして特別な場所だと考えていました。ボトルの中に輝く色が自然界のものと感じられず、人工的なものに違いない、と疑いをかけていました。ポマンダーをコンサルタントに導かれながら体にまとった時も、新手の宗教なのではないか、とドキドキしながら(チラチラとコンサルタントを盗み見しながら)気もそぞろだったのを良く覚えています。ボトルやポマンダーをすすめられた時も、カウンセリングだけでも高いのに、こんな怪しいもの、とても支払う気がしない!と心で叫んでいました。今思えば、一体どれだけ懐疑的だったのでしょう。それでも、オーラソーマ体験はとても素晴らしいもので、ずっと燻っていた悩みに出口が見え、心が軽くなり足取りも軽く帰宅したことも良く覚えています。

そんな風に、オーラソーマと出逢って救われましたが、その存在については、ただ疑うばかりの自分でした。しかし、コンサルタントの素晴らしいカウンセリング力と明るい人格に惹かれた私は、勧められたレベル気鮗けてみたいと感じるようになりました。ちょうど大好きな沖縄で開催されるとあって、一度カウンセリングを受けた以外、一切知識なく、ボトルや製品も一切つかったことなく、旅行気分での参加申し込み。しかし、そこにまた疑いが頭をもたげ始めました。あのボトルが、どうしてもひっかかる・・・あのボトルの色が、とても自然なものに思えない・・・。受け入れることができない・・・。それなのに、また大金をはたいて参加すべきなのか・・・。レッドのエネルギーがまた押し寄せてきました。それは先生や参加者に失礼なのではないだろうか・・・。そして、イエローのエネルギーも押し寄せてきました。

悩みに悩んで、素直にこの気持ちをコンサルタントにメールで伝えると、返信メールは私の予想を裏切ってくれる、私の心を軽くしてくれるものでした。「・・・オーラソーマが信じられるかどうか、は、あなたにとって、とても重要なテーマだと思いますし、もし参加されなくてもこれからも個人的に繋がりを持てれば幸いだと思います・・・」この一言に、ああ私の自由な選択でいいんだ、と目の前がぱーっと明るくなりました。‘無理強いしない、あなたの選ぶ魂の選択’であるオーラソーマへのコンサルタントの姿勢が、ボトル無しで私を助けてくれたのでした。そして、心軽く参加したレベル気如∋笋録瓦粒未魄賈膂賈臙寧に剥がし、少しずつ、柔らかなハートの自分に開き始めました。しかし、一緒に参加した生徒さんのエネルギーの強さに、感性の素晴らしさに気圧されて、自分に劣等感を感じたりもしていました。目に見えないものを、どうやって感じたらいいのかが分からない私のハートには、焦りと不安が入り混じってもいました。レベル擬講後、私は沢山の祝福と真実と幸せという、とても大きなものを受け取ったと感じ、何かが今までと違うとも思いました。

しかし、あの頃には、オーラソーマ・カラーケアシステムという存在に、スピリチュアルという存在と同様の、特別なイメージを持っていました。

「コレハ、特別ナ事ナンダ!」

何故なら、私がオーラソーマ・カラーケアシステムという存在を、その時はまだ懐に落とせていなかったからでした。しっかり理解できていないのに、「自分はオーラソーマ・カラーケアシステムに出逢って、しかも学んだ。つまりは、選ばれた人間でもあるのだろう・・・」と思い、しかしながら、その奥深さに恐れも抱いており、「学んだけれど理解できていない」、と心では思っていました。それなのに、自分の中の見栄っ張りのプライドが、「私はわかっている」と演じていました。だから、これは神聖なものだし、コンサルなんて軽々しくは出来ない、と敷居を高くして、悩んでもいました。

レベル擬講後、岡山に嫁ぎ、自然療法とスポーツケアの店を開いた時も、フルボトルはお店に飾りましたが、メニューには入れるつもりがありませんでした。勿論、レベル1だったのでその資格も持っていませんでしたが。その時の私は、オーラソーマ・カラーケアシステムの力を理解しきっていませんでした。その為、しばらくは葛藤が続きました。

何故なら、お店の入り口にイクイリブリアムを飾ったところ、ボトルが立て続けに何本も割れてしまうという体験をしたからです。違う種類のボトルのこともあり、3本同じボトルが立て続けに割れていったこともありました。霊が悪さをしているのではないか、私がなにか悪いのではないかと思い悩みました。ボトルにすがるような思いでいました。同時に、私ではこのボトル達を扱い切れないと、自信も失っていきました。結局、ボトルが割れた理由は、エネルギーギャップを埋めるためにボトル達が自分たちのエネルギーを場に提供してくれていた為だと気付かされ、納得できるようになるまでにはやはり時間がかかりました。また、この魅惑的なボトルを目にした方、普段からオーラソーマ製品を愛用されている方や興味を持たれている方が引き寄せられたことにより、私は追い詰められていきます。自分の趣味として、勉強のツールとしてフルボトルを飾っているだけだったのに、お店であるが故に、飾っているだけでその正しい情報や商品を提供する義務が生まれていったのです。義務ではなかったのですが、生真面目な自分には、お客様の要望に応えることは当たり前のことで、それをすべきだと思ったが故の、一種の苦しい義務感でした。そして、知識不足に悩まされ、追われるようにレベル兇鮗講することになります。レベル兇鮗けても、やはり私の心は定まりませんでした。コンサルをすることに自信も持てず、やってみようと決めてメニューに取り入れましたが、まず基本のスタンスが誤っていました。形式に囚われ、いつも「良いアドバイスをしてあげよう」、と上から目線でのコンサルだったのです。リードすることと、寄り添うことの違いが分からなくなっていました。また、自分の価値観をクライアントに押しつけているのではないか、と不安にも思っていました。そんなわけで、心の定まらない私の、オーラソーマ・カラーケアシステムへの想い・情熱は、不完全燃焼のまま燻っていました。イクイリブリアム達は、時々しか構われず、放られっぱなし。正直、もう自宅に移して、人目につかないようにしてしまおうか、とも思ったりしました。でも、こんなに素晴らしく美しく、人の目を引くイクイリブリアムを引き上げてしまうのは勿体無いといつも思い直し、とにかくお店に置きました。そんな思いは、お客様にも伝わるものです。オーラソーマ・カラーケアシステムに興味があるとお話があれば、「素晴らしいものですよ、よかったら是非どうぞ。」とお返事するも、熱心に押すわけでもなく。依頼が入れば重い腰をあげる、という感じ。その時には、イクイリブリアム達に神頼み。そんな状態だったので、ご予約もぽつりぽつりとしか入らず、製品の在庫を抱えたり、品質を維持するのに苦労ばかりしていました。そんな私に、ご縁あってコンサルの依頼を下さるクライアントさん達。「本当は、きっと探されれば、私よりもっと有能なプラクティショナーが沢山居るのに・・・」と申し訳なさがこみ上げてくることもありました。そんな折、プラクティショナー登録の期限が切れ、私は御代を頂いてのコンサルをすることが出来なくなりました。正直、ほっとしました。これを理由に、もうコンサルの依頼をお断りできる、と思ったのです。

 ところが、自信が無いのに提供していた、思い込みと義務感のコンサルから解き放たれた私の心は、ようやく自由になれたのです。あれ程、損をしないようにと物質的な対価を求めて、コンサルをするならお代金を頂かなければと気構えていた自分が、赤のエネルギーから少し解放された時でした。

その後、縁あってオーラソーマ・カラーケアシステムに引き寄せられ、ご来店頂いた方に、無料でコンサルをする機会が何度か出来ましを得ました。ずっと自信が無かったコンサルですが、対価を求めず、勉強させて頂いている気持ちで色のメッセージを一生懸命にお伝えしていく内、沢山の方々が救われていき、それだけでなく私と深く繋がっていく姿にはっと気付かされるものがありました。そう、今まで、私がどこか後ろめたさを感じながらお代金を頂いてコンサルテーションをさせていた方達も、無償でさせて頂いた方達も、皆さんオーラソーマ・カラーケアシステムを通じて癒されたり、気付かされたり、考えさせられたり、救われたりしていました。そして、私の所にいらっしゃる方は、皆さん何かしら、私にも必要なテーマや課題をお持ちだったり、同じ時期にご来店される方は、同じボトルを選ばれたりされていました。

そこで、ようやく気付きます。「私は、私で良いんだ。私は、自分を信じていなかった。」

いつも、他のプラクティショナーと比較して、自己嫌悪に陥ったり。お客様が持っている悩みを、自分の事のように思い、時にそれを軽くできなくて罪悪感を感じたり、その方に代ってその責任を負おうとしたり。自己受容も出来ず、自己犠牲精神を尊く考えていました。それは、ある意味での本当の自分を見ようとはしていなかったということでした。

ずっと自分に自信なく、苦々しく思っていたコンサルテーションと、引き寄せられたクライアントは、私の写し鏡でした。そして、私に学びを下さるチャレンジであり、チャンスの天使でした。

私の元にフルボトルが届いてからずっと、自分に向き合わなかったことに気づく時まで、いつもピンクのボトルの色が抜け落ちていました。それを、クライアントが必要だからと思っていました。今は、はっきりわかります。私に必要だったから、私に引き寄せられたクライアントにも必要だったと。

それに気付いてから、スピリチュアルというものへの概念も変わっていきました。スピリチュアルというものは、日常にあり、選ばれた人間だけが得られるものではなく、言い換えれば「存在する、生きとし生けるもの全てが選ばれたものである」ということを。

そして、私は天使を身籠り、母になり、ますます選ばれた人間になりました。

その後、自分をもっと磨いていくために、2010年にレベル兇鮑銅講し、オーラソーマ・カラーケアシステムをメニューに戻しました。今、私の中で、オーラソーマのコンサルは輝く宝石のような存在です。

 

 今、私は2人目の天使を身籠りました。私ほど、選ばれた人間はいないと、自負しています。そして、この世に存在する全てが、そのことに気付けたなら、と願っています。

そのお手伝いが、輝く宝石を使ってできる幸せに感謝しています。そして、もっと自分の学びを深めていくことが出来る事に感謝しています。みんな、ありがとう。

 

 

 

 

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